私のお産① なんて自由!
お産どうでした?
何100人のママにこの質問をしたでしょう?約15年間、産後yogaや子育支援のyogaクラスで、沢山のママたちにこの質問をしています。たいていの答えは「大変でした」「痛かった」 です。
あかちゃんとの毎日は大変ながらも、かわいくて愉しくて愛おしいものです。でもお産の体験を振り返る記憶には、なぜこんなにも怖くて辛くて痛くて大変ばかりが残ってしまうのでしょう?
一番身近な体験者である母の感想もひどいものでした。私は3人兄弟の真ん中で、私の時が父との仲も金銭的にも辛い時期で、母乳もあまりでなかったそうです。私がうまれたのは昭和のベビーブームの頃で、病院での出産が主流になり粉ミルクを推奨されていた時代です。
TVドラマでよく見るお産も『大変なもの』で溢れています。足を開く分娩台の上で叫んだり苦しそうな描写ばかり・・。
そんな知識しかなかった私ですが、私にあかちゃんがやってきた時、周りにはそんな人が1人もいなかったのです。当時茨城の田舎で半自給自足の生活をしていた私にはおもしろい友人が沢山いました。助産院で水中出産をした友人。(この友人のご縁で同じ助産院で私はお産をしました)
すごく年上で子どもが6人いる友人は、下の2人は自分たちで取り上げたそうです。5人目が出来た時 「もう家族だけで産めるよねって思ったから」と笑って話してくれました。(注:出生証明に関しては色々不都合もあるため事前に助産師さんに相談のもと、最低限の検診など受けた上での自宅出産です)
また、旅先で出逢った人はハワイの海で2人目を産んだ話をしてくれました。お腹の子に聞いたら 「海がいいって言うから色々探したらハワイに辿りついて・・」(当時や今のアメリカの出生に関する法律に関しては分かりませんのでご了承下さい)
雑誌か何かで読んだ桐島洋子さんの出産の記事には、船の中で出産したと書いてありました。中島デコさんはバリのヴィラでプライベート出産をしたそうです。インド好きな友人夫婦は、国からもらえる出産一時金を使いインドで出産しをました。 インドでは高級レベルの産院で産み、残りのお金で旅を楽しむ (友人はこの方法で3人の子どもをインドで産みました)
誕生ってなんて自由なの!!あかちゃんがお腹にやってきた当時の私の何かが(あかちゃんが?)必要な情報、より自由で自然なお産の情報しかキャッチしてなかったんだと思います。 私はお産に対してマイナスのイメージが全くなくなりました。
私はわくわくしながら友人が水中出産をした助産院に見学に行きました。院長先生は広い分娩室を見せてくれて「ここで自由に産んでね! 」そう言いました。 分娩室といっても皆さんが想像する分娩室ではありません。仕切りの無い広いスペースに家庭用のベッドが置いてあり、天井からはバリの美しいバティック(布)が下がっていました。これは産綱の変わりです。この布を掴んでイキみます。他には一段高くなった4畳半くらいの畳のスペースがありました。そしてお部屋からそのまま水中出産用のお風呂場がつながっていました。
私は何の知識もないまま友人の水中出産に憧れて「水中出産がいいかなー」と口にしました。すると 院長先生は「お産の当日はどんな気持ちになるかわからないから今決めなくっていいのよ。もちろん希望は聞いておくけど、その時感じるままに自由に産んだらいいわよ」そう言ってくれました。
ああ、私の常識がどんどんはがれていく。お産はなんて自由!
怖いや不安など全然沸き起こらなくて、何だか大きな安心と、わくわく愉しみしかない妊娠のはじまり。
さて実際私はどんなお産だったのでしょう?つづきは私のお産②で♡
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